犬か猫か...。

今は2016年12月。間もなく猿年が「去る」。
そして来年は鳥年。何か「獲る」ぞ。
「撮る」か「摂る」か「録る」か「捕る」か...。
変換をしてたら「盗る」なんてのも出てきた。

まぁ、とにかく年が変わる...。

おっと、閑話休題。
今回のテーマは犬か猫か...。

先日、何人かで雑談をしていて、
ひょんな流れで犬派か猫派かという話題になった。

玉下は子供の頃から家に猫がいたので、先ずは単純に猫は好きだ。
一方で犬が身近にいたこと、つまり飼ったりしたことがないので、比較が出来ない。

最近、youtubeなどで無邪気な犬や猫の動画があったり、
子猫や子犬の写真のハガキなどは、人並みに無条件に可愛いと思う。

しかし犬と猫を比較した時、いつも気になる事がある。
人懐っこさだ。
曰く、犬は帰宅すると玄関に迎えに来る。
名前を呼ぶと尻尾を振って飛んで来る。
棒を投げると咥えて持って来る。
お預けやお手や伏せなどを覚える。

猫にはないなぁ...。
(たまに玄関には迎えに来るけど)

この習性の極めつけが「忠犬ハチ公」じゃないか。

ご主人をいつも渋谷駅に迎えに行く。
雨の日も風の日も雪の日も...。
春も夏も秋も冬も...。
やがてご主人が亡くなってしまうが、
それでもハチは律儀に渋谷駅の改札で、
まだ帰らないご主人を待つ...。

これぞ忠義。これぞ忠犬。
今では銅像にもなり、ハリウッドで映画化もされ、キャラクター・グッズまである。

これがダメなんです。

えっ、それって偉いの?
えっ、それって褒められるの?
自分で何も判断をしてないだけじゃん。
アタマを使ってないじゃん。
目とか耳とか肌で感じた事を、脳にインプットして解析してないじゃん。

人に指示されたら、されたまま。
責任は自分にはなく、指示した人にある。

そんな気がして仕方がない。

では何故こういう状態になるのか。
それは多分、日々の習慣だから。
毎日やってるから。
だから変化に気がつかない。
だから疑問を抱かない。

昨日も来たもん。
だから今日も行くもん。
明日も行くもん。
だって前はお迎えしたんだもん。
嬉しくて尻尾を振ったもん。

北原白秋の童謡「待ちぼうけ」の歌詞のまま。

dog_image.jpg


でも我々の日常にも、同様の事は起きてます。
若い頃と同じ様に食べたり飲んだり、
夜ふかしをしたり無理な運動をしたり...。

どこかで心身の変化=衰えを自覚しなきゃ。

去るモノは追わず、新しいモノを獲らなきゃ。

あれ、話が犬と猫から逸れました...。


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スライド12  wrote by 玉下奴郎 ブログランキング・にほんブログ村へ ブログランキング

この記事へのコメント

犬と生まれ、ひとと生まれ - Mrs.PIE - 2016年12月12日 07:39:23

昔々、ある日あるとき、ポインターとお散歩する機会がございまして
リードでつなぐこともなく
 彼は彼として自由に
 わたくしはわたくしとして勝手気ままに

彼は、いつも道の真ん中を悠然と
和犬に吠えられても、たじろぐことなく、そのまま颯爽と、気品に満ちた足取りで

林の中に走り込んで
 あら?
と、思いつつそのまま歩いていたら、また林の中から走り出てきて、わたくしの前を歩き
なぜか、わたくしの後ろを歩くことはお嫌いのようで

何か異常を感じると、尻尾をピンと上に
いつもは、下に垂らして右左、リズムをとりながら
ウソをつけない性格が少しだけおかしくて

2月の寒いときでしたが、川に身体を。
そしては野原の向こうまで一気にかけていき
でも、
口笛を吹くと、野の果てからあっというまにわたくしの足元に。

そして、またお散歩を
楽しかった。

彼がお散歩を楽しんでいることもわかり、
わたくしも

気位が高く、いつだって道の真ん中を。
わたくしもエラクなったような気分で、道の真ん中を。

犬と生まれ
ひとと生まれ
ともに2月の春を探しに

また、いつの日にか

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