続・娘は教師になることをやめたらしい

娘と話していて印象に残った言葉。

もしも入学直後に、「教師にならない」なんて聞いたら
あんたのことを殴ったかもしれない。


これは、娘が友人に言われた言葉だ。

あんたのせいで、本当に教師になりたい人が
1人、この大学を落っこちたんだよ。


医学部や教育学部のような資格を伴う学部は、将来の職業に直結するがゆえに
入学の責任が重いのだと、あらためて思い知らされた。


大学受験シーズンがそろそろ終わろうとしている。
浪人生である息子も、国立後期の発表を待つだけになった。
 (たぶんダメだろう(笑))

みんな有意義な大学生活を送ってほしいものである。

そして娘の友人は、きっといい教師になるだろう。


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スライド6  wrote by 小李富
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この記事へのコメント

- 宝香 - 2016年03月20日 10:15:52

「教師」というテーマで語らせたら、誰でも自分の人生と同じくらい、
膨大な量になるのではないでしょうか。
私も「教師」に関して、思うところは山程あります。
お嬢様のお友達の潔癖な決意にも敬意を持ちますし、
いい教師になって欲しいとも思います。
そして、お嬢様が教師になるつもりで入学されたこと、
学部で学ぶ過程で、教師になることをやめたという事情は勿論承知しています。

けれど、固い決意なく、例えば教師になる気はサラサラなく、
教育学部を利用する目的で教育学部に入ることは、
決して悪い事でも、責められることでもないと思います。

教師として、なにが困ると言って「こうあらねばならぬ」という固定観念、
できあがってしまった固い頭と脳みそが、
教えを受ける側の障害となるのではないか、
と思う次第です。

人生、誰が自分にとって本当に良い教師か、
なんてことは、教科書通りにはいかない、
と思うのです。

Re: タイトルなし - 小李富 - 2016年03月20日 10:44:05

宝香さん、こんにちは。

なるほど、そうですね。
教師なるものへの固定観念。これが厄介なのでしょう。
教師に対して良い記憶も、そうでない記憶もみんなそれぞれ持っているわけで。

人生、なにが待っているかわからない。
娘をそういう目で、「ゆったり」見ていこうと思います。

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