J・D・サリンジャー考...。
先ずは大きな勘違いを訂正...。
実際にサリンジャーが亡くなったのは2010年1月27日。
恐らくその時点でも新聞報道などで認識をしたと思うけど、
うっかり先日にWEB NEWSを閲覧したせいで、
勘三郎さんと同じタイミングで死去したと勘違いをしてしまった。
その割に勘三郎さんと違ってその死を悼む記事などが出ていないなぁ...、
と思っていたら...。
嗚呼、勘違いでした。
(少し「欽ドン」風に...)
でも、その時に改めて自分の中でサリンジャーについて思い出し、
此処でBLOGを書こうと思ったまま日が過ぎていたので、
ちゃんと文章にしておこうと思いました。
サリンジャーといえば、「ライ麦畑でつかまえて」に尽きます。
実際に彼が執筆をして発表をされた作品群は、
「サリンジャー選集」にしっかりと掲載をされていますが、
玉下は高校生の時に図書館で「ライ麦畑...」を借りて読みました。
当時の高校の先生だか同級生に薦められて読んだ記憶があります。
先に結論を言うと、ダメだったんです。
1960+世代より少し上の人たちだと、もっと読んでいた人が多かったと思います。
かの村上春樹もわざわざ野崎孝さんの翻訳とことなるVersionを2003年に出版しています。
なぜ玉下がピンとこなかったのか?
高校の頃に自分なりに考えて出した理由が、
・翻訳だから英語の言い回し(言葉遊びなど)が理解できない。
・アメリカの高校生の感覚と我々にズレがあって、共有できない。
・出版された1951年当時のアメリカの世相が色濃く反映されているので、これもやはり我々には共有できない。
・翻訳の口調がしっくりこない...
などなど。
後に村上春樹が心酔をしていると知り、30代くらいで再読をしたがやはりダメ。
そして前述の2003年に村上春樹が翻訳をしたVersionを読んでも、
ちゃんと村上春樹の文体になっているのに、残念ながら入り込めなかった。
そして今回このBlogを書こうと思った大きな理由。
それはサリンジャーの名前から遥か以前の記憶から蘇ってきた「赤頭巾ちゃん気をつけて」というTITLE。
そのせいである。

日本には庄司薫がいた。
「赤頭巾ちゃん気をつけて」があった。
翻訳でもなく、時代性も共有でき、それでいて揺れる10代の気分をしっかりと代弁してくれた。
初めて読んだのが高校生で良かったとも思った。
これを20代で読んでいたら、うまく気分とSynchroしなかっただろう。
結局、何度か「ライ麦畑...」を再読するたびに
“やっぱり日本人には「赤頭巾ちゃん...」とか「風の歌...」”の方がシックリくるよなぁ、
と思っていたわけである。
wrote by 玉下奴郎
実際にサリンジャーが亡くなったのは2010年1月27日。
恐らくその時点でも新聞報道などで認識をしたと思うけど、
うっかり先日にWEB NEWSを閲覧したせいで、
勘三郎さんと同じタイミングで死去したと勘違いをしてしまった。
その割に勘三郎さんと違ってその死を悼む記事などが出ていないなぁ...、
と思っていたら...。
嗚呼、勘違いでした。
(少し「欽ドン」風に...)
でも、その時に改めて自分の中でサリンジャーについて思い出し、
此処でBLOGを書こうと思ったまま日が過ぎていたので、
ちゃんと文章にしておこうと思いました。
サリンジャーといえば、「ライ麦畑でつかまえて」に尽きます。
実際に彼が執筆をして発表をされた作品群は、
「サリンジャー選集」にしっかりと掲載をされていますが、
玉下は高校生の時に図書館で「ライ麦畑...」を借りて読みました。
当時の高校の先生だか同級生に薦められて読んだ記憶があります。
先に結論を言うと、ダメだったんです。
1960+世代より少し上の人たちだと、もっと読んでいた人が多かったと思います。
かの村上春樹もわざわざ野崎孝さんの翻訳とことなるVersionを2003年に出版しています。
なぜ玉下がピンとこなかったのか?
高校の頃に自分なりに考えて出した理由が、
・翻訳だから英語の言い回し(言葉遊びなど)が理解できない。
・アメリカの高校生の感覚と我々にズレがあって、共有できない。
・出版された1951年当時のアメリカの世相が色濃く反映されているので、これもやはり我々には共有できない。
・翻訳の口調がしっくりこない...
などなど。
後に村上春樹が心酔をしていると知り、30代くらいで再読をしたがやはりダメ。
そして前述の2003年に村上春樹が翻訳をしたVersionを読んでも、
ちゃんと村上春樹の文体になっているのに、残念ながら入り込めなかった。
そして今回このBlogを書こうと思った大きな理由。
それはサリンジャーの名前から遥か以前の記憶から蘇ってきた「赤頭巾ちゃん気をつけて」というTITLE。
そのせいである。

日本には庄司薫がいた。
「赤頭巾ちゃん気をつけて」があった。
翻訳でもなく、時代性も共有でき、それでいて揺れる10代の気分をしっかりと代弁してくれた。
初めて読んだのが高校生で良かったとも思った。
これを20代で読んでいたら、うまく気分とSynchroしなかっただろう。
結局、何度か「ライ麦畑...」を再読するたびに
“やっぱり日本人には「赤頭巾ちゃん...」とか「風の歌...」”の方がシックリくるよなぁ、
と思っていたわけである。
wrote by 玉下奴郎




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