マティーニの巨匠、逝く…。

悲しいにもほどがある…。

バーの聖地ともいえる銀座並木通り。
伝説のトップ・バーテンダー二人によるお店がある。
その名も「Y&M Bar KISLING」。(公式HP)

店内には店名に由来するエコール・ド・パリの代表的な画家
“モイーズ・キスリング”の絵画が客を迎える。
kisling1.jpg

そして一方「Y&M」の由来は、吉田さんと毛利さんの頭文字。

その吉田さんが逝ってしまいました…。

一流バーテンダーの登竜門的存在である日比谷「東京會舘」での修行後、
昭和34年にバー「よ志だ」の三代目オーナー・バーテンダーとして独立。
平成14年にビル建て替えに伴いお店を閉店。
そして2年後の平成16年に毛利さんと一緒に始めたのが、
「Y&M Bar KISLING」です。

吉田さんは“ミスター・マティーニ”と呼ばれていました。

吉田さんの作るマティーニのレシピは、
ゴードンジンとノイリーのベルモットにレモンピールという極めて伝統的なスタイル。
カウンターの座ると、ステアする仕草から最後にレモンピールをかける仕草までを、
正に特等席で堪能できました。

全くカクテルに疎い玉下も、その独特の“ドライ”感の虜になりました。

そんな吉田さんが18日にご自宅で息を引き取られたそうです。

もう、あのマティーニは呑めません。
でもお店には吉田さんのDNAを受け継いだ若手のバーテンダーさんが、
(他のお店では若手とは言われないキャリアですが)
きっと今夜も美味しいマティーニを饗してくださるでしょう…。

嗚呼、夏が終わってしまいます。

kislingお知らせ

今日の一曲は、なんとなくお休みです。すみません。


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スライド12  wrote by 玉下奴郎 ブログランキング・にほんブログ村へ ブログランキング

この記事へのコメント

- ひとしずく.t - 2014年08月27日 11:52:26

大学生で、お酒が飲めるようになった頃、社会人の男性のグループに誘われて、1度だけ銀座のバーに飲みに行ったことがあります。
大胆不敵な、と言うより、身の程知らずな、ですよね。
たしか、ジンライムを三杯くらい飲んで、男の人たちも、それぞれ飲んで、帰りのお支払いの時、私は学生と言うこともあって、5000円でいいよ、と言われたんですが、男の人たち三人で顔寄せあって、財布片手にもぞもぞやっていて、大丈夫?って聞いたことを思い出しました。
今、誰か銀座のバーに連れて行ってくれないかな。

- 玉下奴郎 - 2014年08月28日 00:15:29

ジンライム三杯で5,000円…。
通い慣れている気軽なお店だったら、
半額以下ですよね。
後の半額は、お店の空気とか形にならないものに支払っている。
玉下もそれが楽しめる大人になりたいものです。

古くて安くて雰囲気の良い店を探すのがしふくです。


玉下奴郎拝

- みーむし - 2014年08月29日 15:46:23

玉下さま

こんにちは。
私も、山口瞳に影響されて銀座の「クール」など気取ってバーへ
行きましたが、1杯¥2000のカクテルはそう何杯も
飲めず、子供だったせいもあり、しばらく足を運びませんでした。

なんだか、ジン系のカクテルが飲みたくなりましたv-272

- zawazawa - 2014年12月28日 09:07:44

はじめまして。突然失礼いたします。
吉田さん、亡くなられたんですね。

吉田さんが、並木通りのビルの地下で、お父さんとお兄さんの後をついで、バーよしだ を開いていた頃、時々通いました。古いビルの古びた階段をおりて、玉のれんをくぐった先の小さな空間、最初におうかがいしたときは、マティーニの巨匠だとは知らなかったのですが、きりっとしたたたずまいに、若輩だった私も、ただならぬオーラを感じたものでした。

Y&Mキスリングは、以前のバーよしだ とはあまりに雰囲気が違い、あまり足を踏み入れることがなかったのですが、夏にお伺いしたとき、ベリーニやモヒートを作っていただきました。もう吉田さんのカクテルを飲めないと思うとさびしい限りです。

情報ありがとうございました。

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