ナイアガラ…。

1973年、その前年に既に解散をしていたバンド “はっぴいえんど” のラスト・コンサートを控えていた彼は、
自身のステージでコーラスが出来るミュージシャンを探していた。
何故なら、“はっぴいえんど”のラスト・コンサートは同時に、彼のソロ・ライブのステージでもあったからである。

そんな中、偶然にも伊藤銀次から明治大学の学生が自主制作したレコードを聴かされる。
当時、伊藤は大阪で“ごまのはえ”というバンドを組んでおり、
そのレコードのプロデュースを彼が行うということで付き合いが始まっていた。
明治大学の学生のレコードはビーチボーイズのカヴァーを中心にしており、
アレンジはアマチュアながらコーラス・ワークに長けていた。
  (演奏は決して上手とは言えなかった)

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彼はこの学生をラスト・コンサートで起用すると共に、
この学生のバンドもプロデュースしてみたいという欲求を感じた。
その時点ではこの学生は明治大学を中退しており、既に女性を加えたツイン・ボーカルのバンドで活動をしていた。

結果的に彼がソロになって立ち上げたレーベル「ナイアガラ」の第一号アーティストは、
彼のソロ作品ではなくこのバンドのアルバム『SONGS』となった。
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彼の名は大瀧詠一(25歳)。
明治大学の学生の名は山下達郎(20歳)。
そう。大瀧詠一がいなければ、山下達郎はデビューをしていなかったかもしれない。

大瀧詠一の偉業や作品は、大晦日からこの数日の間に様々なメディアで紹介されている。
だから敢えて、今はブログに書かない。
自分自身でも、まだ現実を呑みこめていない。

でも近いうちに必ず、爆音で聴こうと思っている。
レコードで聴こうと思っている。

そうしないと前に進めない。
ポッカリと空いた穴は塞がらない。


【本日の一曲】 「春よ来い」 by はっぴいえんど(1973年ラスト・ライブ)


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スライド2  wrote by 玉下奴郎拝 ブログランキング・にほんブログ村へ ブログランキング

この記事へのコメント

- てのりぱんだ - 2014年01月05日 08:57:51

ファンでした。アルバムももってます。先日、FMで追悼番組をしていましたが知らない曲はなかったです。
胸がキュンとなりました。
いいお話をありがとうございました。

- そふぃーおばさん - 2014年01月05日 13:46:53

私もニュースを聞いたとき、信じられない思いでいっぱいでした。
本当にポッカリ穴が空いてしまった感じです。

お正月に毎年やる達郎さんとの新春放談が聴けなくなるのが信じられない。

ご冥福を祈るだけです。

- - 2014年01月06日 02:37:10

詳細を間もなくお伝えしますが、
1969+ナイトの番外編『ナイアガラ・アワー』を18日に恵比寿でやります。

爆音で堪能してください!



玉下奴郎拝

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