言葉の本質 体罰編

玉下さんの【体罰。“叱る”と“怒る”…。】を受けて。

僕も1960+世代。
玉下さんが言うとおり「“体罰”的な指導を受けた経験」はある。いっぱいある。

この問題を考えるとき、やはり「言葉」・・・特に報道におれる言葉について考えてしまう。
おそらくは「体罰」は流行語のように定着していくだろうと思う。

同様な言葉としては、「フリーター」「ニート」「●●症候群(シンドローム)」「いじめ」などなど。
なかでも「いじめ」が一番わかりやすいかな?

僕らの小学生からの学生生活で「いじめる」という動詞はあったけど
「いじめ」という名詞はなかった。
「あの学校にいじめが存在した」なんて表現はなかったもの。

僕はここで「体罰」の是非をここで書くつもりはない。
ただ、その言葉が名詞として、本来の意味から少し離れた新しい意味を持ってひとり歩きをした時、
その言葉は、ある行動や現象を具現化する。良きにつけ悪しきにつけ。

いま「いじめ」と「体罰」は、「自殺」と結びつく言葉として認識されている。
指導者はもちろん、すべての人がその招くかもしれない最悪の結果に怯えながら、
その事実に向き合わなければならなくなった。

いま「自殺」や「提訴」を招くかもしれない「体罰」があったか、なかったかが追求され、
その本質たる指導や教育が論じられなくなってしまうことが怖い。

一般企業で「パワーハラスメント」という言葉に怯える役職者も似ている。
無難に部下と付き合い、自分の失点だけを防ぐことだけに汲々としている中間管理職、いませんか?


僕が育った環境には、いまの言葉で言えば「いじめ」も「体罰」もあった。
社会人になって「パワーハラスメント」もあった。
ただ、それらが「自殺」に結びついてしまったことは、
少なくとも僕の周囲にはなかった。


  wrote by 1961_TM
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