くれない…。

くれない。
紅?
暮れない?

いや、ズバリ“くれない”です。
  (1960+世代的には「暮れない族」なんてのもありましたが…)

人と人が接していると、それが親兄弟や夫婦であっても仕事の同僚であっても、
ちょっとした感情の行き違いが生じる時がある。
関係性が濃ければ濃いほど、その頻度は必然的に高くなる。

「こっちがこう思っているのに、相手は気づいてくれない」
「理解してくれない」「感謝してくれない」
もっと即物的だと「挨拶をしてくれない」とか「指示を守ってくれない」とか、
とにかく感情の行き違いが生じた時に心の中で思うのが、様々な“くれない”という気持ち。

聖人君子ではないので、この気持ちに戸は立てられない。

そういう時にどうすれば良いか?
吐き出すことである。
我慢をしない。感情を押し殺さない。

で、次に大切なのは吐き出したあとでちょっと視点を変えることだと思う。
これは経験則なんですが…。

先日、帰宅途上の私鉄で終電間近に人身事故が起きて帰宅時間が1時間以上遅れた。
ホームには人が溢れ、何人かの酔客は駅員に詰めよっている。
中にはホームで誰にともなく文句を怒鳴っている輩もいた。
終電イメージ ※写真はイメージです。

そりゃそうだ。
電車は時間通りに運行するのが当たり前。
それが深夜の人身事故で何時に復旧するかの目処すら駅員は乗客に伝えられない。

玉下も「嗚呼、睡眠時間が減るじゃん」とか
「明日は早い時間に起きなきゃいけないのに」とか考えちゃいました。

でも酔客を相手にしている駅員を見て思ったのが、人身事故に遭った人はどうしてるんだろう…。
現場で対応している人たちは堪らないだろう…。
なんてことだったんです。
  (玉下も酩酊をしていたから呑気だったかもしれないけど)

仕事上でもこっちが相手にイラっとしている時は、
相手も同じ状況を反対側から捉えてイラっとしている時がある。

こっちが“くれない”と思っている時に、
相手も“くれない”と思っている時がある。

あれ? 原因は俺にあるの?

そう考えたときに、少しだけ“イラっ”の収まり所が変わる。
だって原因はこっちに“も”あるのだから。

冒頭に“関係性が濃ければ濃いほど”と書いたが、此処は大切なポイントだと思う。
関係性が濃くなければ視点を変えずに“イラっ”のままで構わない時もあるから。

でも自然に視点を変えて、なんで“くれない”のかを振り返ると、
なんだかより関係性が濃く出来る気がする。

mmm、まだ少し酩酊状態なのか…。


  wrote by 玉下奴郎
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言葉の本質 広告編

先日の「言葉の本質」の続き。
その観点で広告を眺めると、そのメーカーや商品の本質が見えてくる。

もっともわかりやすいのが、新発売の洗剤。
  「輝くような白さ!」
こんな広告表現、よくあるでしょ?
ということはつまり、前の洗剤では「輝くような白さ」にはならなかった、ということ。

ほんの先日まで、「驚きの白さ!」と言っていたから買っていたのに・・・
広告をよく見れば小さく「当社比」と書いてあったりする。
自ら前の商品が白くならなったと認めているとも読めないか?

僕は広告業界にも属しているから、このカラクリ、というか
担当者と代理店、制作会社の苦労(苦悩)が、よーくわかるから、
もちろん、そういうことを責めようとしているのではない。

一般消費者としては、広告をイメージとしてとらえずに、その表現をよくみてみると
メーカーが、前の商品の弱点をいかに克服して、商品力を高めたか、
さらに新しい付加価値を付けたかがわかるのだ。

例えば「白く洗い上げるだけでなく、いい香りが長続き」という広告表現に接したとする。
つまり白くする洗剤としての働きはそのままで、
「香り」という付加価値をつけた新商品ということ。
50円安くなっている前のモデルがあって、別に香りなんかいらないと思ったら前のモデルを買えばいいのだ。

最近の広告で、僕が拍手したいのが、reborn01.jpg
クラウンだけでなく、トヨタ全体の広告として使われている表現。
「トヨタは生まれ変わるのだ」という企業メッセージが強烈に伝わってくる。

この表現は、なかなか難しい。「新しくなる」という表現は簡単。
でも、「生まれ変わる」となると、自社のこれまでを否定しかねない。
でもトヨタはやった。たっぷり広告費をかけてやりまくっている。
なぜ、それができたのか。
僕の個人的な意見だけど、それは社長が豊田章男氏になって、落ち着いてきたからではないかと思っている。
第11代社長、豊田章男氏。言わずと知れた創業家。
8~9代社長を豊田家以外が務め、2009年、その頂点に豊田家嫡男が戻ってきたことは記憶に新しい。
  (世襲はどうよとか、経営者としての手腕は?などと疑問視されてはいたけど)

企業というより「帝国」と呼ぶほうがふさわしいトヨタだからこそ、
現体制以外で「ReBORN」という表現はできない。
それをトヨタ側から言い出したのか、広告代理店から提案したのかは定かではないが、
どちらにせよ、広告屋の端くれとして、その勇気に拍手したい。

本当にReBORNになるのかどうかを、楽しみに見つめていこうと思う。


・・・「自民党をぶっ壊す」「マニフェストで政権交代」「日本を、取り戻す」・・・
   こういう言葉は、どう読み取ればいいんでしょうね。


  wrote by 1961_TM
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「印度カレー 中栄」~さよなら僕らの築地 (カウントダウン築地市場)

正月早々220キロのマグロを1億5000万円で競り落とさたことがニュースとなった築地中央卸売市場。
東京に住み着いて30年、そういえば
この築地市場はその場内場外、朝の食事やランチ時に幾度となく世話になった。

築地は、東京のど真ん中で深夜(早朝?)の3時ごろから活気だっている独特のエリア。
若い頃は深夜残業の帰りに身体に悪いことなど百も承知で、がっつり食事をしてから帰宅したものだった。
そんな築地市場も2016年5月に豊洲に移転することが決定している。
  (移転後は規模を縮小して築地新市場になるらしいけど。)
あと3年もすれば、この築地市場が無くなるんだ!
僕の20代30代の思い出の地のひとつだった築地市場。
40代はさすがに行く機会がめっきり減ってしまったけれど。

そうか、この築地もあと3年。
ということで、僕は「さようなら、僕らの築地(カウントダウン築地市場)」と勝手に称して
自分の思い出の地を再確認再発見しながら、月一回このブログで取り上げることにした。

さて、とういうことで栄えあるその一回目は、寿司でなく、カレー。
築地でカレー?という方もいらっしゃると思うけど、カレーなのだ。
築地場内1号館に並ぶ、印度カレーの中栄。
中栄外観

たぶん自宅でなく外で食べたカレーの回数でいえばこの店が一番多い。
その理由は、もちろん築地の場内という特殊性にあるんだけど、
いわゆる「早い」!「美味い!」「安い!」の三拍子そろったトータルパフォーマンスの権化とでもいうか。
Uの字のカウンターで基本ひとりで食するというスタイルだけど、
オーダーしてから出てくるまで、そう、吉野家の牛丼と同じくらい早い。

カレーは、インディアン(辛口)、ビーフ(甘口)、ハヤシライス(トマト風味)の3種類があるけど、
合がけといって二種類のルーを選んで半分づつにすることも可。
僕はこの合いがけが大好きで、いつもの注文。
インディアンとビーフの合いがけ2

また味噌汁は玉(ぎょく)落としていって卵を入れることも可。
僕は味噌汁に半熟玉落としで注文。
肝心な味だが、インパクトのある特徴的な味ではないけど、なるほど!と思える安心のおいしさ。
  (バランスがいいってことかな。)
お値段、合いがけ600円、玉入り味噌汁100円の700円。
築地場内の独特の雰囲気、カレーを食らう築地の仕事人の面々、
店の主(あるじ)の独特の立ち振る舞いとすべてが新鮮に映るはず。
東京都内、こんなカレー屋、どこにもない。

昨今の築地市場の混み具合は異常とも思えるくらい。
しかもみんな(たぶん築地市場一見さんだと思うけど)寿司屋に列を成している。
築地=鮮魚=寿司 というシンプルな考えで並んでいるんだろうけど、築地市場はもっともっと奥が深いんだよ。
ぜひ、中栄にどうぞ。
そうそう営業時間は築地タイムの5時-14時、早朝カレー、うまいんだなこれが!


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スライド11  wrote by ランシン

【本日の記録】 体重75.0kg 血圧:上148 下115

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ナポリタン万歳!

1月27日の「朝日新聞」に、
“ナポリタン人気、急上昇”なる記事が掲載されていた。

喫茶店減少や本格的パスタ台頭で影が薄かったナポリタンが、再び注目されているそうである。
どうやら最近ではあちこちに専門店が出来たり、
横浜の町おこしの看板になったり…。
ナポリタン

そもそもナポリには“ナポリタン”なるメニューなどないのは、有名な話。
“冷やし中華”が日本で考案されたのと同じである。

市長
ちなみにこの写真は、2012年に横浜の「日本ナポリタン学会」が
ナポリでナポリタンの試食会を行った時のもの。
食べているのはナポリのデマジストリス市長です。

そもそもナポリタンは、横浜のホテルニューグランド第2代総料理長である入江茂忠が、
第二次世界大戦後にアメリカ兵がスパゲティにケチャップを混ぜて食べていたのを見て考案したとされている。
  (玉下は映画「コクリコ坂から」を観たときに初めて知ったんですが…)

そう、ここで大切なのはナポリタンは決して“パスタ”などと呼んではいけない!
あくまでも“スパゲティ”である。
アルデンテなんてダメダメ!
麺は茹で置きじゃなくちゃ!

余談だが1960+世代は“ズボン”を“パンツ”とは言わない。
“パンツ”はあくまでも下着である。

で「朝日新聞」の記事でコラムニストの泉麻人さん曰く、
  “冒険せず食べ慣れた味で落ち着きたい。安くお腹を満たしたい。
   そんな安定志向がある気がします。
   あと10年は黄金期が続くかな”と…。

いやいや、ナポリタン自身にはに黄金期という感慨はない。
  “いやぁ、俺たちはずぅっと地味にやってるのさ!
   なんだか最近は「dancyu」なんてハイカラな雑誌で特集されたりもしたけど、
   あくまでもパスタ特集のオマケだったし…。”
くらいに思っているのだろう。

ちなみに玉下のお薦めナポリタンBEST3は、
   1位 新橋「みやざわ」
   2位 四谷三丁目「こくている」
   3位 神保町「さぼうる」
です。

「さぼうる」を3位にしたのは、
玉下がレコメンしなくても此処のナポリタンは既に有名だから。
当然「dancyu」でも素敵な写真付きで紹介をされています。


逆に「みやざわ」と「こくている」は滅多に雑誌やwebでも紹介をされない、老舗ながら隠れた名店。
夜な夜な1960+世代が舌鼓を打っています。

東京以外の方には馴染みがないエリアですが、食べログなどで探して訪れてみてください。
もちろん“ナポ”以外もお薦めのメニューを安価で食べられます。


   wrote by 玉下奴郎
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言葉の本質

僕たち1960+世代は、もう50歳を過ぎている人が多い。
つまり不惑はとうに過ぎていることになる。

僕も40になった時、例にもれずこの言葉を思い出していた。
   「四十にして惑はず」
ご存じ『論語』にある、孔子の言葉。
孔子は40の時に「狭い見方に捕らわれることなく、心の迷いがなくなりました。」と言ったそうな。

我が身を顧みてどうか。
まったくもって未熟の極み。心には迷いばかり、惑ってばかり。
周囲の同年代も「不惑」と言うにはほど遠いヤカラが多いぞ・・・

そこで思った。
この「不惑」という言葉は、40歳になった人間を表す言葉ではなく、戒める言葉ではないかと。
「40にもなったんだから、そろそろしっかりしなさいよ」というわけだ。

こういう見方で言葉を考えると、例えば、
「女らしくしなさい」「男らしくしなさい」などという言葉も、違った意味に見えてくる。

女らしく、男らしくとは何か。
つまり女の本質は「男らしい」、男の本質は「女らしい」。
だからこそ、小さい時からこの言葉をしょっちゅう聞かされ、
女の子はおしとやかにしくてはいけないし、
男はくよくよしたり、泣いてはいけないと「学習」するのではないか。

「人は女に生まれるのではない、女になるのだ。」 ボーヴォワールのこの言葉に改めて納得する。


「女々しいやつ」とは、実は男の本質を指しているのかもしれない。
強く、逞しい男を演じるのって、けっこう疲れる。
だから自分にないもの=ハードボイルドな男なんかに憧れてしまったりする。・・・そうじゃない?諸兄(笑)
「人は男に生まれるのではない。男になるのだ。」

男女の別れにおいてよく言われること。
男はくよくよ・・・それこそ「女々しく」長いこと思い悩み、
女は気分転換をしっかりはかって「男らしく」きっぱり立ち直りが早い。これも納得しません?

言葉は、本質を表し、さらにそれを戒める教えをも含んでいる。
そう思っていろんな言葉を眺めると、おもしろい。
読者諸兄、思い当たる言葉があったら教えてください。みんなで考え、笑いましょう。


さて、僕たちは、不惑と還暦の間。
60年で生まれた年と同じ干支に還るから還暦。赤ちゃんに還るとも言われるらしい。
どんな「赤ちゃん」になることを目指すかな?
・・・不惑の域にすら達していないかもしれないけどね。


  wrote by 1961_TM
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筆休め7

筆休めです。

ランシンさんより。

--------- 真剣だと知恵が出る。中途半端だと愚痴がでる。いい加減だと言い訳ばかり。

               元 巨人の監督 川上哲治氏の言葉と言われています。
               あてはまるなあ〜。

僕より。

--------- これでいいのだ。

               バカボンのパパ

バカボンのパパの誕生日は12月25日で、植木等と同じなんだって。
ふむ・・・ それでいいのだ。
ではまた明日。

  wrote by 1961_TM
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「腐っても鯛」、「腐っても食う」…。

玉下は上に姉と下に弟がいたので、
高校受験の本命は学費が安い都立だった。

しかし当時住んでいた家から通学に便利な場所に某大学付属の私立高校があり、
当時の成績では無謀ともいえる背伸びをして、その高校も受験した。
そして中学の担任にも不思議がられながら、結果的にその高校に合格。
親にアルバイトをして学費を稼ぐから、ぜひ入学をさせてくれと頼んだ。

都立に入ってまた三年の時に大学受験をして、下手をしたら浪人…。
そうすれば社会人になって就職をする年齢もひとつ先になってしまう。
それなら頑張って私立の学費を払っても無駄なく就職をすれば元はとれる。
  (まぁ、大学で浪人する前提で親を説得していた訳ですが…)
付属高校なので大学の入学金も半額になるというのもポイントでした。

で、高校に入って頭に浮かんだ言葉が“腐っても鯛”でした。
入学して無事に高校を卒業すれば、全員が大学に進学できる。
これが付属の最大のメリット。
従って高校三年間をどう過ごそうが、退学にさえならなければ良い。
まさに“腐っても鯛”の気分で部活に精を出し、バンドを組み、
部活がない平日と日曜、そして夏休みや冬休みもバイト三昧。
原付の免許を取ったり近所の名画座で映画を毎週のように観たり…。

それでも何とか無事に卒業して大学へ進学できたのは、成績優秀な友人がたくさんいたお陰。

この“腐っても鯛”という言葉は、
玉下にとって“明日出来る事は今日するな”と並ぶくらい好きな言葉の一つです。

それが先日、名門都立高校を卒業したという1960+世代の方から聞いた話。
この高校の先生は入学したての高校一年生に、名門都立受験を勝ち抜いて希望に満ちた新入生に、
  「腐った鯛は食べられない」 と最初に言い放ったそうです。
  「君たちはこの高校に合格したから、自分は鯛だと思っているかもしれない。
   でも腐ってしまった鯛は食べられない。腐らないように努力をしたまえ!」
まぁ、こんな様な内容だったと思います。

そして彼らは高校三年間を猛勉強して、有名国立とか私立大学受験に臨んだわけです。


…やっぱり“腐っても鯛”が好きだなぁ。


   wrote by 玉下奴郎
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アルジェリアのテロ行為、ふざけんじゃない!

安倍政権の誕生で円安・株高が進行して、
平均株価がバブル経済絶頂期の1989年以来の9週連続の上昇、株式市場は「アベノミクス景気」に沸いている。
そんな矢先に飛び込んできたアルジェリアの人質テロ事件…。

日本から遥かに離れたアルジェリアで、
日本人7名を含む人質が非情なテロリストによってその命を奪われた。
報道によるとアルジェリア政府は、人質やテロリストの人命よりも
テロリストによる石油プラントの破壊を阻止するために強硬な作戦に出たと言われている。

こういう話を知ると、政府もテロリストもどちらも許せない !
人命をなんだと思っているんだ !

昨年末に観たお馬鹿映画「ロックアウト」という作品は、
極悪死刑囚を収監している宇宙ステーションで人質に取られたアメリカ大統領の娘を救出するために、
大統領が数々の犠牲を払ってでも娘を救出するというSF。
もしアルジェリア政府要人の親類縁者がテロリストの人質になっていたら、
果たして彼らは強硬手段に出たのか否か。

映画やドラマや小説と違って、現実に人が死ぬということは厳しい話なんだぞ !

我々は報道を通じて、様々な“死”と接する。

そして19日に亡くなった横綱大鵬の様な一部の有名人を除くと、
その死とは大抵は数字に置き換えられる。

昨日の「朝日新聞」“天声人語”では、
15年振りに昨年は自殺者が3万人を切って27,766名だったと記している。
更には事故や病気や災害などで、人は毎日のように旅立っていく。

しかし現実にはその数字とは一人一人の人格を持った人間の事であり、
その一人一人にれっきとした人生がある。


ふと思うのだが、“天寿”とはなんだろうか?

遺された者が心の平安を求めるとき、
先に旅立っていった命に対して“天寿”という言葉が浮かぶ。

そこには年齢や境遇や理由はいらない。
すべてが天寿なのである。

玉下は特に特定の宗教観をもっているわけではないけれど、
この“天寿”という言葉を思うことで、遺された我々はこれからも生きていくことが出来る。


ランシンさんお薦めの書「別れる力」。
   “人は別れる。
    そして本物の大人になる。”

ん~、まだまだ本物の大人には近づけないなぁ…。


  wrote by 玉下奴郎
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雪をなめないで

また大雪か?
天気予報を見て、1週間前の大雪を思い出した人は多いはず。
幸いにして外れてほっとした。
  (用意したのに!と、気象庁に苦情が多かったらしい・・・やれやれ)

先週の大雪の際も雪に対する都市の脆弱性を嘆くようなニュアンスの報道が多かった。
でも脆弱性は当たり前だ。雪国じゃないんだから。
インフラのせいにしてはいかん!
ここに住む人の「頭」が脆弱なのだ。はっきり言えば、雪をなめてる。
なめてるから、ノーマルタイヤのまま走るし、ふつーの靴で歩く。
ひどいことに、バイクも自転車も見かけたし。
あれでは事故を起こすのも、転んで怪我をするのも当たり前。
自分だけが事故ったり、転んだりするのは自業自得だけど、
特にクルマは人に迷惑をかける、怪我をさせる、下手をすれば死なせてしまうから、ぜひともやめてほしい。

僕は昨年末に帰省したおかげでスタッドレスタイヤを履いたままだったから、ちょっとクルマで出かけた。
でも坂道でノーマルタイヤで走ってくる「きれいな奥様」のクルマと出くわしたりして、
怖いったらありゃしない。用事を早々に切り上げて帰ってきた。

ニュースを見れば、スタックしたメルセデスを救助隊が後ろから押していた。
「アクセル踏んでください!」
「踏んでます!」
でも、タイヤはほとんど動かない。
これはトラクションコントロールというタイヤをスリップさせずに安全な走行ができるようにする機構のせいで、
アクセルをいくら踏んでも無駄。
トラクションコントロールをOFFにしないと、
この状況ではただのエンジンが空回りするだけの重い箱なのだ。自業自得&人迷惑。


こういう僕は、ただ豪雪地帯出身で、たまたまクルマ関係の仕事をしているから
こんなエラソーなことを言えるんだけど(笑)
ニュースで、都市の脆弱性的なことばかり言っていないで、
少しは対処方法や走り方、クルマの機構のことも伝えてほしいなぁ。


と、ここまで書いて思い出した。
1987年に公開された『私をスキーに連れてって』。
この中で、四輪駆動のトヨタセリカが雪道を爆走するシーンがある。
おかげで、当時人気が下火だったセリカGT-FOURは、息を吹き返した。

余談だが、撮影協力は、はじめに三菱に要請された。(ギャランVR-4)
しかし当時ホイチョイはさほど有名ではなく、つまりB級映画扱いされたため、三菱は却下。
それでトヨタに要請され、セリカGT-FOURが提供されたそうだ。
僕たちクルマ関係者ではけっこう有名な話。公開後、三菱関係者はさぞや悔しがっただろうね。

映画は大ヒット。セリカGT-FOURも売れた。
そのシーズンに帰省した僕は、雪道で事故っていたり、スタックしているクルマを例年より多く見た。
セリカGT-FOURをはじめとする4WD車がとても多かったと記憶している。
四輪駆動だからって、なめてかかって、いい気になって走っちゃいけないよ、という「お手本」でした。


みなさん、次に雪が降ったらしっかり対策して、
自分の腕とクルマの性能を把握してから走ってくださいね。


  wrote by 1961_TM
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「別れる力 大人の流儀3」 伊集院 静

ちょっと理由があって、今日も伊集院さんの本、記したいと思う。
昨日『贈る言葉』を紹介し、2日続きの伊集院さんの書だけれど、ご勘弁を。
でもこの書も自分自身に、そして我々1960+世代に刺さる、間違いなく。

本書は、昨年末12月10日に発行された。
表紙の帯に、
    人は別れる。
    そして本物の大人になる。



こんなしょーもない自分の周りでさえいろんなことが起きている。
いろんなことが起きはじめている、とも思える。
特徴的なのは、間違いなく「死」というものが身近になってきている。
それは明らかに1960+世代の特徴なのだなと実感する。

僕らが50代ということは親は80代前後。誰しもが親の介護や死に直面してもおかしくはない。
親のことばかり考えていたら、自分の身体だって明日は分らない。自分の友人も。


個人的ですが、この本を突然の別れに遭遇した友人に送るとともに、
その彼と生きている実感を共に分かち合いたいと思います。


  wrote by ランシン
【本日の記録】 体重75.4kg 血圧:上159 下112

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「贈る言葉」 伊集院 静

今年の成人の日の雑感として玉下さんが、
当日のサントリーの新聞広告で
“君たちがうつむき加減のこの国を変え欲しい”と語った伊集院さんのメッセージを取り上げていた。

『贈る言葉』はその伊集院さんの2000年からの成人の日、
新社会人の入社の日に掲載されたメッセージの集大成を書籍化したもの。


君の胸の中に一本の木はあるか

ではじまるこの本は、20才になった、また新社会人になった若者への10年におよぶメッセージではあるが、
50を過ぎた我々1960+世代にも新鮮なメッセージとして受け止められる。
考えてみれば、成人も、社会人もその日からずっとあたりまえに続いていることだ。
その日から30数年が経った今も、この社会で生きている、社会人そのものだ。

例えば、2011年の成人の日に掲載されたメッセージは

風の中に立ちなさい。  と題して、

(前半省略)
まずは、ケータイをおきなさい。インターネットを閉じなさい。テレビを消しなさい。
パスポートを取得して、一番安い乗り物ですぐに日本を発ちなさい。
目的地は?どこだっていい。
この国以外の風の中に立ちなさい。
世界を自分の目から見ることをはじめなさい。
そこにはきみがインターネットやテレビで見たものとまったく違う世界がある。
目でみたすべてをどんどん身体の中に入れなさい。
そこに生きる人が何を食べ、何を見つめ、何を喜び、何のために汗をかき、なぜ泣いているかを見なさい。
ともに食べ、ともに笑い泣きなさい。それだけで十分だ。でもラクな日々ではないぞ。
苦しい中にこそ本物はあるんだ。
やがて帰る日が来た時、君は半分、大人になっている。
その時こそ、本当の大人への祝杯を挙げよう。


実はこの『贈る言葉』の本にはエピソードがあるようだ。
昨年の年の瀬に、伊集院さんは友人を亡くされている。
その友人の方は、高校からの同級生、自慢の友人で、自身の故郷で印刷会社を経営されていた。
その方が生前、余命3ヶ月との宣告を受けられた頃、
伊集院さんとの電話の会話で、思い残すことはないかの問いに、
死ぬ前に友人である伊集院さんの本を出版したいと言われたそうだ。
そんな経緯もあって、昨年この本が世に出たということらしい。
  (この本の最後に企画プロデュース大村俊夫 印刷所大村印刷株式会社とある。)
伊集院さんにとって、この『贈る言葉』はまた、この友人の方への贈る言葉だったに違いない。
そんな伊集院さんが以下のメッセージもまた発してる。

人はそれぞれ事情をかかえ、平然と生きてる。


なんとも1960+世代とって、響く言葉だ。


  wrote by ランシン

【本日の記録】 体重75.6kg 血圧:上146 下104

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センター試験

1月19日・20日は、大学入試センター試験。
我が家の娘も、57万3000人を超える今年の受験者のひとり。

新聞の記事にもあったが、共通一次の時代から雪が降ることが多いらしい。
1週間前だったら、あの大雪でさぞや混乱していただろうと思うと、今年の快晴はありがたい。

共通一次は1979年から開始されたので、1960+世代の大学入試はちょうどその境目あたりかな。
僕も受験をしたが、記憶に残っているのは
周囲がマークシート式で本当の学力がわかるか!とか、大学が不当に序列化されてしまうのはイカンなど
試験そのもの良し悪し、賛否で騒がしかったこと。
1976年11月19日付読売新聞朝刊 1976年11月19日付読売新聞朝刊

でも受験生としてはそんなことは関係ない。
実施されるから受けるしかないもんねーというところだったのだ。

いまセンター試験として改良が重ねられてるし、
国公立だけでなく私立大学にもその試験結果の活用が拡がっているから
国を挙げての試験といってもいいかもしれないが、
センター試験のニュースに触れるたびに思い出すのが、中国で行われていた「科挙」だ。
浅田次郎『蒼穹の昴』。


初めて読んだ浅田作品が『蒼穹の昴』だった。
貧しさから自ら宦官となる春児と、その義兄の梁文秀の話。
梁文秀は「科挙」を首席で合格し、進士となって官僚制度を上りつめていく。
西太后に仕える宦官 春児と、滅びゆく清朝の皇帝派に属する高級官僚 梁文秀は、敵味方となって・・・
泣かせの次郎と言われる浅田次郎の真骨頂。僕も通勤電車の中で困ったものだった。

この本で「科挙」がまさに国を挙げての試験で、
官僚になるためには必ず通らなければならない登竜門だったことを知った。
出題範囲は学問一般だが、当時の学問は政治・社会・文化という広範囲だったらしい。
梁文秀は、主席。学識は広く文化にまでおよび、人格も秀逸。
いわゆる選良の中の選良。
『蒼穹の昴』を読むほどに、こういう人が日本の政治家や官僚だったらと・・・


受験生の皆さん、決して選良になれとは言わないが、
大学生活を楽しく、有意義に過ごすため、これから2か月ほどの試験期間、
がんばってくださいね。

・・・ここまで書いたところで、センター試験初日を終えた娘を迎えに行ってきた。(今日は19日)
   結果は問うまい。なるようななるさ。
   父は、もっとテキトーな受験生だったし、もちろん選良でもないから(笑)


  wrote by 1961_TM
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SNS+パワーハラスメント=ソーハラ!

同僚から聞いた実話。
久しぶりに取引先と会った席で…。
「あれ、足の具合がお悪いんですか?」
「え~、僕のFacebookを読んでないんですか? 先日、捻挫をしたって書いたじゃないですか!」

おいおい、FaceBookのアカウントを持っているからと言って、
アナタの友達申請を受けたからと言って、
アナタの書き込みをつぶさに読んでいると勘違いすんなよ!

でもTwitterでもmixiでも、こういうケースがあります。
SNSの普及で誰でも様々な情報を発信出来る。
自分の日常(何を食べた、何処へ行った、滑った転んだも含めて)を、
自分の好きなタイミングで好きな表現で発信できる。

でもこういう書き込みをする本来の動機は、
以前、1961_TMさんがこの1960+のブログで書いたように、
“僕は此処にいるよ”というメッセージの発信だと思う。
単に自分の備忘録なら、わざわざSocial=社会へ発信する必要はない。
手帳や日記に手書きで記すか、自分のPCのHDに記録しておけばよい。

従って書き込む内容で“自分はこういう生活をしてる”とか、
“自分はこういう人間である”というイメージ付けをしたいのだと思う。

先日、新聞の社会面に
“SNSで職場でのつきあい方に悩む人が目立っている”
という記事が掲載されていた。

先に述べたような「書いたけど、読んでくれてないの?」とか、
上司や取引先からの友達申請を求められるとか、
同席をしていた飲み会の写真を勝手にアップされたとか、
(その人はその飲み会に出るために他の予定を断っている)
まぁ、様々なケースが紹介されていた。

中にはその結果、本来は自由に投稿できる自身の“ウォール”へ、
特定の誰かが読む事を前提として本心とは違う事を書いたり、
上司や取引先の日記を “業務”と感じながら読んでいたり…。
(当然、“いいね”をクリックしなければならない!)

ソフト開発会社のジャストシステムがFacebook利用者900人に調査したところ、
上司や先輩などからの友達申請は「受けざるを得ない」という回答が31%だった。

ここまで来ると、明らかにパワーハラスメントに類すると思うが、
残念ながら上司や取引先の方にはその意識は希薄である。

SNSとは“ソーシャル・ネットワーキング・システム”。
社会的ネットワークをインターネット上で構築するサービスの事である。

まさに“社会”で起きている様々な事象が、デジタルの世界でも同様に起きる。

少なくとも我々1960+世代が若い頃には、
“ハラスメント”という現象はあても、言葉は一般的でなかった。
  (ついでに“花粉症”も“アトピー”も言葉としては一般的でなかった)

それが“セクハラ”だの“パワハラ”だのと一般化して、
とうとうデジタルの時代にまた“ソーハラ”なる言葉が一般化されるのだろうか?

  wrote by 玉下奴郎   SNS image_2

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大人のおもちゃ

タイトルを見て、んんんとにんまり微笑んだ人、うううと躊躇した方。
残念!どちらも違います!

アダルトグッズには間違ないですが、ものはアダルト健康グッズです。
オムロン自動血圧計HEM-6300F、まっ、手首式の血圧計。
OMRON.jpg

前回、お伝えしましたが私の今年の目標は、体重改善・血圧改善。
高血圧症、目の悪化、メタボ・・・・この最悪健康状態の改善。
そのためにこのお正月に、この器具を購入しました。

実は血圧なんて今まで気にしたことがなかった。
健康診断でシャツを捲りぐいっと左腕を出して思いっきり圧力かかってきて・・・・・。
年に2回ほどのどーでもいい体験。

なので血圧計を自分が所有するなど、夢にも思わなかったわけで・・・。

OMRON2.jpg

手にした血圧計は想像を超えるものでした。
手に通してボタン一つで勝手に圧力がかかって測定するという優れもの。
なによりも大きさ・重量とデザイン。
SONYのウォークマンやCASIOのウォッチ、TANITAの万歩計にも近いその容姿。
いつでもどこでも手軽に測れる、その携帯性と簡易な操作性。(値段も手ごろな8000円弱。)

購入以来、周りに見せびらかして、まるでゲームのように血圧を測定させてます。
測って楽しい、診て楽しい。みんなで楽しめる、みんなで盛り上がる。
まさに1960+世代の「大人のおもちゃ」。

この商品自体は「血圧の気になる方」への毎日気軽に測れるプライベートな商品として開発されているんだろうけど、
こうしてみんなで互いの血圧を見せ合うことで、
健康改善のモチベーションが上がるような気がします。(すくなくとも自分はそうです。)

1960+世代の頭の中の
「大人のおもちゃ」=アダルトグッズが、
「大人のおもちゃ」=アダルト健康グッズとなるとよいですね。
新たなカテゴリー、新・大人のおもちゃ  とか。


  wrote by ランシン 

【本日の記録】 体重75.3kg 血圧:上167 下123

                              【編集人よりお願い】
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117

日付にまつわるエントリー記事が続いた・・・
で、今日は1月17日。僕も追随する。
能天気な僕は、いすゞの117クーペをすぐさま連想する。

・・・・画像がないと思ったら、さすがYouTube。ありました。


117クーペの発売は1968年。
トヨタ 2000GTを筆頭に、マツダ コスモスポーツ、日産 フェアレディ、トヨタ セリカなどなど、
70年代を代表する2ドアクーペが続々と誕生し、日本のモータリゼーションを牽引していた。

僕たち1960+世代は小学生。
ラグジュアリークーペ、スポーツクーペなるカテゴリー名すら知らなかったが、
この117クーペの異質さはいまも強く印象に残っている。

後年、このデザインが、イタリアの名門カロッツェリア・ギアに依頼され、
かのジウジアーロが担当したことを知った。
欧米に憧れ、なかでもアメリカの影響が強かったといわれる当時のカーデザインの中、
117クーペが異彩を放っていた理由に納得したものだった。

総生産台数は決して多くはなかったが、発売から10年間、1台も廃車が出なかったという。
「少し愛して、長~く愛して」
大原麗子サントリー レッドのCMに思考が飛ぶのは僕だけ?

自動車後進国だった日本はいまや世界のトップクラス。
ハイブリッドなどのハイテクノロジーだけでは
117クーペのように長く愛され、印象に残る日本車は生まれないのかもしれない。


最後に、1月17日は、阪神・淡路大震災が発生した日。
1995年から18年間も経ったのか・・・
117は、忘れてはならない日付でもある。


  wrote by 1961_TM ブログランキング・にほんブログ村へ ブログランキング

「上を向いて歩こう」50周年!

三連休の中日、1月13日に赤坂BLITZで、
『海を越えて50年 バラエティ・ショウ“上を向いて歩こう”』を観てきた。

今年、2013年は、坂本九が唄った「上を向いて歩こう」が全米で1位になって50周年。
このバラエティ・ショウは、その50周年を記念して行われたイベントで、
作詞をした永六輔や作曲家の故・中村八大に縁の深い松島トモ子などが出演。
1963年当時の日本のテレビ番組の様子や、
この曲が如何にしてアメリカを筆頭に世界各国で大ヒットしたかを紹介しながら、
何人かの歌手が八大・六輔コンビの曲を歌う内容だった。

「上を向いて歩こう」が生まれたのは、
NHKのバラエティ番組『夢であいましょう』(1961~1966年放送)の人気コーナー、“今月の歌”から。
1960+世代だと朧げに記憶があるかないか...。



我が家だと家にテレビが来たのが1965年だったので、
記憶にあるのがリアル・タイムのものか、後年に再放送されたものかは判然としない。
とにかく1961年に極東の日本で生まれたこの曲が、全米で1位になったのが奇跡的だった事を知った。

そもそもこの曲は先にも述べたようにNHKの『夢であいましょう』の
“今月の歌”の1曲として1961年10月に発表された。
この“今月の歌”からは他にも「今日は赤ちゃん」や「おさななじみ」など、数々のヒットが生まれている。

そしてイギリスのパイ・レコードの社長が契約の話で来日した際、
偶然にお土産に貰った数枚の日本のシングルの中にあった「上を向いて歩こう」を大変気に入って、
帰国後の1962年にジャズ・バンドのケニー・ボール楽団でリリースすることに決めたそうだ。

この辺りの経緯は、由紀さおりの「夜明けのスキャット」が、
アメリカのピンク・マルティーニによってカバーされて、2011年に全米で1位になった経緯とそっくり。
どちらもきっかけは“偶然知って”“気に入った”ことなのである。

で、このケニー・ボール楽団盤が先ずはアメリカで発売され、
その元曲である坂本九の「上を向いて歩こう」が、
比較的日系人が多く居住していたワシントン州パスコのラジオ局で、DJリッチ・オズボーンによって放送された。
これまた彼が“偶然”坂本九のシングルを入手していたからである。

元々は日系人リスナーに向けて曲を放送していたのに、
次第にアメリカ人からのリクエストが増え、他のラジオ局へも徐々に波及。
この状況を知ったキャピトル・レコードのスタッフが、1963年に日本語のままでアメリカでもシングルが発売。

じわじわと全米でヒットし始め、遂にはビルボードで6月15日に1位を獲得。
そのまま3週連続で1位となり、年間チャートでも堂々10位。
ちなみにビルボードで英語以外で歌われている曲が1位になったのは、
1958年の「ボラレーレ」以来2曲目だったそうである。


日本の自動車会社や家電メーカーがアメリカ進出するより前に、
こうして全くマーケティングとは無縁の経緯で、日本の文化が50年前に海を渡って大成功した。

今の経済界やエンタメ業界が様々なデータ分析を踏まえて海外進出を計画する中、
こういうエピソードはもっとポピュラーになったらイイのに...。


そんな想いをしながら、赤坂を後にした。
  wrote by 玉下奴郎  

PS そして昨日=14日の東京は大雪! 家に引きこもり日で良かった...。

【編集人注記】
このエントリーは14日に書かれ、いったん公開しましたが、
「安倍政権での成人式...。」を15日分としたため、16日付に変更し再アップしました。ご了承ください。
早々に拍手いただいた方々、ありがとうございました。 ブログランキング・にほんブログ村へ ブログランキング

安倍政権での成人式...。

2013年1月14日。
安倍政権になって最初の成人式。

我々1960+世代は成人式の時に、今の若者のように将来に向けて、
いや将来というほど先ではなく、数年後のビジョンに対してすら不安を抱いていたであろうか?

少なくとも身近な友人を含めて、テレビや新聞などのメディアでは、
成人式は祝われていた。手放しで祝われていた。

サントリーが昔から新聞に掲載していた成人式の広告で今年は、
“君たちがうつむき加減のこの国を変えて欲しい”と伊集院静氏が語っている。
新聞広告20130114  (我々の頃は山口瞳さんだったなぁ...)

今年の新成人は全国でおよそ120万人。
結婚情報サービス会社が行った新成人に対する意識調査によると、
親世代に比べて今後の生活が「良くなる」と答えたのは、たった2割弱だそうである。

彼らが生まれたのは1992年。
前年にバブルが崩壊し、1992年には有効求人倍率が1.0を下回る。
いわゆる就職氷河期が始まった時である。(14日の東京の天候が象徴的か...)

偶然にも20年前の1993年の夏に行われた総選挙で、若き日の安倍首相が議員に初当選。

そして20年が過ぎた。

「朝日新聞」の1面には、
職を失いマクドナルドの24時間営業の店で夜を過ごす人々の記事が掲載されている。

20歳=成人
40歳=不惑
60歳=還暦、ちょっと前なら定年...。
20年単位で人生設計を考えられた時代があった。

いつの間にこうなったんだろう。

決して3.11のせいではない、ましてや政治のせいだけにも出来ない、
我々一人ひとりの意識が巻き起こした現実なんだろう。

果たして政権を取り戻した自民党が、
議員として成人式を迎えた安倍氏が、
今年は世の中をどう変えていこうとするんだろう?


  wrote by 玉下奴郎 ブログランキング・にほんブログ村へ ブログランキング

12000歩

すっかり正月気分もなくなり、いつもの日常に戻っている。

今年は元旦の実業団駅伝であの柏原選手の走りを観て、
2,3日の箱根駅伝では日体大のドラマチックな優勝、
そして東洋大、早稲田大、帝京大のそれぞれの歓喜の走りを観た。

その感動の走りに触発されたわけではないけれど、今年決めた日課は「一日12000歩」という目標。
僕は相当な気分屋なので、
今までも何回も8000歩、1万歩、など自分の太り具合にあわせて目標に掲げてきた。
そしてなんとなく2ヶ月くらいは続くのだが、それ以上続いた例はなく、
個人的には3ヶ月坊主を自覚してる。(といって罰則は無いのだが、神様はしっかり体重増という形で戒める。)
しかし今年は今年こそは決意あらたに。


実は去年あたりから血圧が140と少し高く、医者には「高血圧症」と診断された。
そしてその時言われた対処方法は極めて単純で「瘦せなさい」ということだった。

また最近は目も少し見えづらくなってきて、眼科の診断結果は「黄班上膜」。
老化からくるものらしいが、これも血圧が影響しているらしく、
これ以上悪化させないためにも血圧を下げたほうがいいらしい。

などなど、自分の体に勤続疲労が相当きているようで。

で、表題の一日12000歩、歩くということを日課とした。
自分の経験上日常の一日の歩数は4-5000歩。少し動く日があって6-7000歩。
んんん12000歩は相当意識しないと達成できない!
そしてそれを継続するとなると?
無謀かもしれない? などなど机の上で考えている暇などない。

というような話をある人としていたら、「100キロ ウォーキング」知ってる?と。
その方は昨年10月福岡県行橋市から大分県別府市までの100キロ ウォークに参加され
完走ならぬ完歩されたのこと。
お昼にスタート、真夜中の峠をひたすら歩き、ゴールは翌日の朝から昼にかけてになるそうだ。
それはそれはもうへろへろのゴールだったらしい。ひえー!
で、調べてみたら確かにあった。昨年で14回目となるらしい。
第一回大会は参加者44名、完歩20名、完歩率45.5%、
それが昨年は参加者3972名、完歩2885名、完歩率72.6%と。
またこの100キロウォークは、房総や筑波、岡山などいろんなところで行われているようだ。
シニアの増加とあいまって益々増えるに違いない。

マラソンには全く自信は無いものの、ウォークはなんとか・・・・・・。
ということで、今年は一日12000歩、そして100キロウォーク大会への参加。やるぜ!

将棋の世界では、歩は、金となる。と金。
僕は考えた。 今年は、歩(あるき)は金(かね)に成ると。 まさに徒金!
(大事な持続のモチベーションだ。)


※12000歩目標にはもうひとつ隠れた意味がありまして。新年早々株価も10800円と明るい兆し。
 株価が12000円くらいになればよいなあと毎日思いを込めて歩こうと。


  wrote by ランシン 

【本日の記録】 体重75.0kg 血圧:上164 下111 ブログランキング・にほんブログ村へ ブログランキング

カッコよさと美しさ・・・『麒麟の翼』で思ったこと

年末年始に撮り溜めていた映画で印象に残ったのが『麒麟の翼』。

東野圭吾原作、加賀恭一郎シリーズ第9作目が映画化されたのはご存じの通り。
映画評はいまさらだからやめておくが、
驚いたのが日本橋の翼をもった麒麟像だった。(これもいまさら驚いたのかと言われるけど)

その麒麟像については、東京都公文書館の
【日本橋の麒麟(きりん)像-当館ホームページのロゴ画像について】がわかりやすかった。

耐久性の観点から石造りの橋となった日本橋の装飾として採用されたのがこの麒麟像だ。
日本橋麒麟像

材料は青銅、西洋と日本を融合させた和洋折衷のデザインというが、
麒麟は想像上の生き物だし、そのうえさらに翼まで生やしてしまっている。
出来栄えは素人の僕からみても、荘厳で美しい。
芸術性や職人としての技術力とともに、その遊び心とも言える、想像力、創造力に驚く。
そしてそれを許可した当時の「官」(たぶん旧東京市)に感服する。

現代だったらどうだろう。
コンペでできるだけ安く仕上げる業者を選定し、費用対効果を追求するのが当然のいま、
おそらく却下されたのではなかろうか。

経済的に余裕がないと遊び心は育ちにくい。

例えば、東京ゲートブリッジ。
技術の粋が集められ、デザイン的にも恐竜橋とも呼ばれるその容姿は、
「カッコいい」と言えなくはないが、僕には「美しく」はみえない。

東京スカイツリーもまた「カッコいい」のかもしれないが
東京タワーの「美しさ」には遠く及ばない。

日本橋と東京ゲートブリッジ。東京タワーと東京スカイツリー。
後世まで愛され、語り継がれるのはどっち? 答えが明らかと思うのは僕だけ?


アベノミクスによって「公共事業の大盤振る舞い」が始まる。
景気は回復してほしいけど、おそらく「美しさ」は育たない。
育つとしても、それは日本が本当に再生してからの話だろう。
僕たちは、その姿をみることができるのだろうか。


  wrote by 1961_TM ブログランキング・にほんブログ村へ ブログランキング

Music Cruising 〈Play List for Disco〉の楽曲解説(B面)

Music Cruising 〈Play List for Disco〉 ←M-01~21を続けて再生できます。

M-12. Spring Rain [Ups!! Re-mix] / Silvetti
プロデューサー&アレンジャーのBebu Silvetti、1977年の作品。
この曲はディスコやクラブ音楽ファンお馴染みのキラーチューンです。
出だしのピアノからゴージャスなストリングスとホーンが紡ぎ出す、サルソウル・ダンスナンバーです。
電グルの「Shangri-La」の元ネタとしての方が、若い世代には有名でしょうか...。

M-13. Hello Mr. Monkey / Arabesque
1977年デビューした西ドイツの音楽プロジェクト、Arabesque。
どうやら本国より日本での方がヒットしたようです。
一九六丸さんがアップしてくれた映像を観ると、ボーカルの女性陣はかなり可愛い系...。
聞いていた当時はVIDEOを見られる番組なっか皆無だったので、こういう映像は新鮮ですね。

M-14. Le Freak / Chic
もう、玉下が大好きなプロデューサー、ナイル・ロジャース。
彼はカッティングで聴かせるギタリストとしても素晴らしいです。
そして相方のベーシスト、バーナード・エドワーズ。
なんと彼は1996年の武道館公演を終えた夜に、日本で亡くなりました。
  (玉下はそのライブを観ていたんですが、合掌...)
そしてこの「おしゃれフリーク」は彼らの1978年の代表曲。
ちなみにナイルはマドンナやデビッド・ボウイなどのプロデューサーとしても1980年代に大活躍しています。

M-15. Boogie Oogie Oogie / A TASTE OF HONEY
これまたディスコでは鉄板曲。
A TASTE OF HONEYは1971年に結成して、最初のヒット曲であるこの「今夜はブギ・ウギ・ウギ」が1978年。
かなり下積みが長かったバンドです。
でもこの曲が全米で1位を獲得してスターの仲間入り。
またもや一九六丸さんがアップしてくれた映像を観ると、
なんとこのファンキーなベースはボーカルの彼女が弾きながらプレイ!
カチョイイです。

M-16. Hot Stuff / Donna Summer
Queen of Discoのドナ・サマーが1979年に放ったヒット曲。
玉下がドナを知ったのは中学(1975年)の頃に深夜放送で聴いた「Love To Love You, Baby」。

もう、勉強どころではなくなりました。
彼女はこの曲のヒット後にも」「愛の誘惑」「恋はマジック」
「マッカーサー・パーク」「バッド・ガール」など次々とディスコ・ナンバーをヒットさせます。
今回セレクトした「ホット・スタッフ」も当然の様に世界中で大ヒットした曲ですが、
実は冷静に聴くとディスコというよりロック・テイスト。
4http://www.youtube.com/watch?v=3WnMeA6_gX4つ打ちのビートでディスコっぽさを出していますが、イントロなんかは明らかにロックな感じ。
でもドナが唄うとちゃんとディスコになるんですね。

M-17. You Are / Niteflyte
白人ギタリスト と黒人シンガーがマイアミで結成した、オセロのようなユニットがNiteflyte。
今回の選曲の中ではアーティストとしての知名度は低い方だと思うけど、
恐らく楽曲を聴いて頂ければ馴染みのメロディ。馴染みのリズムだと思います。
そう、まだ森くんが在籍していた時代のSMAPのアノ曲の元ネタです。
権利関係はどうやってクリアしたんだろう...。そんな事はともかく、
1981年にリリースしたNiteflyteのセカンド・アルバムは、カチョイイ曲がてんこ盛りです。

M-18. Celebration / Kool & The Gang
1969年にデビューしたファンク・バンド、Kool & The Gang。
彼らの最大のヒット曲がこの「セレブレイション」。
まぁ、1960+世代なら聴いたことがない人は余りいないと思うけど、
この曲の強いところは初めて聴く人だって“お祝い”したくさせる事。(玉下の主観ですが)
誰かの誕生日にStevieのHappy BirthdayやThe BeatlesのBirthdayとかと続けて
この曲を大音量で流せば、そこはもう否応なしにパーリー気分。
ある意味で力技っぽいノリを作る曲ですね。

M-19. Can't Take My Eyes Off You / The Boys Town Gang
そして続くはこれまたアゲアゲでついつい大合唱したくなる曲。
邦題は「君の瞳に恋してる」。よくぞつけたなと思う名邦題だと思います。
オリジナルは1967年のフランキー・ヴァリ。
当然、時代的にもディスコ調ではなかったけど、映画「ディア・ハンター」の前半の結婚式の場面で、
デ・ニーロやジョン・カザールやメリル・ストリープたちが、
明日からヴェトナムの戦地に赴く前日、友人たちと泥酔してこの曲を歌っています。
時を経て1982年にThe Boys Town Gangがカバーして再び大ヒット。
余談ですが玉下は1983年に就職をし、夜な夜な同期の奴らと呑んで騒いではこの曲を大合唱していました。
フランク・シナトラから椎名林檎まで、実に多くのカバーが存在しています。
  (好きな曲だと、つい解説も饒舌になっています。ご容赦ください)
  (セレクトした曲は全て大好きな曲に決まっていますが...)

M-20. Flashdance... What A Feeling / Irene Cara
これはディスコというよりはサントラで大ヒットした曲。
映画の公開は1983年で、主演したジェニファー・ビールスが歌っていると
勘違いした人もいたんじゃないでしょうか?(アイリーンはジェニファーほど可愛くない...)
この頃は「フットルース」「カクテル」「トップガン」など、映画のサントラ・アルバムが大ヒットした時代。
アルバムから次々とシングル・カットされた曲が、文字通り街に溢れていました。
映画を観ていなくても、観た気になっちゃう。
あるいは観ていないと言えなくなっちゃう。
それくらいヒットしたイメージが強いですね。
アイリーンはこの曲でアカデミー歌曲賞とグラミー賞の最優秀女性歌唱賞を受賞しています!

M-21. Everybody Dance Now / C+C Music Factory
最後の曲の定番はバラード...みたいなのが良くありますが、
今はそのまま1曲目に戻ったりランダムに再生したりするし、
そもそも此処での選曲はCDを想定しつつも自由に聴いてほしいので、敢えて元気満開のこの曲にしました。
ClivillesとCole、二人の黒人のユニットでC + C(シー・アンド・シーと読みます)。
とにかくシャウトしている“Everybody Dance, Now!”の声と、
続くシンセのリズムは反則技なくらい気分をあげます。
こういうのはヘッドフォンでも構わないので、
可能な限り大音量で聴くとアドレナリンの分泌が高まる気がしますね。
1990年にリリースされた彼らのデビューアルバム「 Gonna Make You Sweat 」は、
シングルカットされた4曲全てがUSダンスチャートで1位を獲得。 
グラミー賞を筆頭に計34個もの音楽賞を総なめしました。
しかし映像を観ると改めて当時のMC.ハマーとかボビー・ブラウンを思い出しちゃって、
既に30代に突入していた1960+世代としては、ちょっと恥ずかしいです。

********************************************************

今回の楽曲解説はココまで。
解説というよりは玉下の主観が多く入っていますが、
映画でも音楽でも絵画でも、予備知識の有無にかかわらず気に入るものは気に入る。
一九六丸さんが集めてくれたYouTubeで聴いていただくのが一番です。

また機会を観て、次回は“SOUL”でもセレクトしてみます。


  wrote by 玉下奴郎 ブログランキング・にほんブログ村へ ブログランキング

「喜楽」と「永楽」

なんとなく歌舞伎ぽくないですか? それぞれ別々のラーメン店の名前ですが。

どちらも、東京で大好きなラーメン店。
以前京都「たかばし第一旭ラーメン」を報告しましたが、個人的には同レベルで大好きな店。

店の過去の詳しいいことは全く知りませんが、この2店が提供するラーメン、その容姿、味が似ています。
もちろん微妙に違うことは分かりますが、いきなり出されるとフツーの人じゃ区別つかない。
食べてみても区別つかない。
そしてなにより美味い。!
またロケーションも、「喜楽」は渋谷百件棚の道頓堀劇場のちょい先。
かたや「永楽」は大井町東小路飲食店街を少し入ったところと、
どちらも懐かしい昭和の香りがするエリアに存在しています。

喜楽と永楽s

みた目は決して美しくない黒っぽいスープ、
その中に浮く焦がしネギと浸かる黄色っぽい中太平打ちストレート麺、
そしてシャキシャキもやしと、半玉味玉。そして、チャーシュー。
シンプルなビジュアルがこれまたいい。

さて肝心なそのお味ですが、この黒っぽいスープは実は思いのほかトリガラ系のあっさり。
これに焦がしネギの香ばしさが実に相性いい。
麺はもちっとして、つるっとした食べやすい平麺。このスープと一緒に喉を通る味と食感が堪らない。
ざっくり2店のラーメンの共通項。

こんなラーメンが好きなこと自体がもはやオヤジなのかもしれないが、それで結構。
「食べログ」などを読むと並んでまで食べるラーメンではないとおっしゃる方がいらっしゃるが、
僕は並んでまで食べたい、それで結構。
場所がなんとも悪いんじゃないという方もいらっしゃるが、僕はこの両エリアにどっぷりつかりたい、等々。
ぜひ、この2店ハシゴしてみてください。(渋谷⇔大井町)

実は、「喜楽」も「永楽」も餃子や焼き飯やちょっとしたおつまみもあるが、
僕はラーメンだけを食べラーメンだけに満足することがベストと思う。
他のものも決して不味くはないんだけど、ラーメンのありがたさが薄れるようで。

昨今、ラーメンのニューウエーブがどんどん出現する中、
この「喜楽」と「永楽」、僕は敢て「クラッシックラーメン」と呼びたい。
この2店、お互いこのままこの場所でこの味で(この価格で)すっと変わらずにいてほしい。


1960+世代の皆様、どうぞご意見聞かせてください。
また、この2店の歴史をご存じな方、ぜひ教えてください。
よろしくおねがいします。


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筆休め6

正月もあけて、日常がどっと押し寄せてきました。
3人ともなにかと忙しい(たぶん)・・・ということで、「忙しい」をテーマに筆休め6です。


--------- 何かをさせようと思ったら、一番忙しい奴にやらせろ。
        それが、事を的確に済ませる方法だ。

               ナポレオン (フランス皇帝)

そうかもしれないけどさぁ、やらされるほうは大変なんだよね。

--------- 忙しい人でなければ怠惰を味わうことはできない。
               ジェローム・K・ジェローム (イギリスのユーモア作家、戯曲家、エッセイスト)

そう、ONとOFFって大切ですね。
ではまた明日。

  wrote by 1961_TM
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北方水滸伝~序章

僕がこの数年でハマった、そうハマったという表現しか思いつかないのが、北方謙三の『水滸伝』。
あまたの水滸伝と区別するためか、『北方水滸伝』と呼ばれている。
全19巻。別冊の『替天行道』と併せて20巻。
水滸伝
僕はこれを何回読み返しただろう。5回は優に超えているはずだ。

読む本がない・・・1960+世代からよく聞かれる言葉だが、僕もそうで、
本棚から古い本を引っ張り出しては読み返していたが、さすがに飽き足らなくなってブックオフへ。
そこで見つけたのが、『北方三国志』だった。

北方謙三は嫌いじゃない(若いころはむしろ好きだったかな?)。
だけど中国史もの・・・しかも『三国志』・・・しかも何巻もある・・・まぁ、しばらくは時間がつぶせるかも・・・
で、買った。
買ってしまった。しまった、ハマった。大変だ。

当時まだ連載中だったため、全13巻のうち後半は文庫化を待てずにハードカバーを買うハメに。

読了後、すぐに手を付けたのが『北方水滸伝』。
全19+1巻。あっと言う間だった。

これが記念すべき第1巻。

実を言うと三国志も面白くて何回も読み返したのだが、この水滸伝にはかなわない。
さらに水滸伝は、続・水滸伝『楊令伝』(全15巻)。
さらにさらにその続編の『岳飛伝』はいまも連綿と続いている。
もう勘弁してくれ・・・待ちきれん・・・

それだけではない。
水滸伝の主人公のルーツが描かれた『楊家将』(上・下巻)と
その続編『血涙 新楊家将』(上・下巻)に至っては、もうぶっちぎりの面白さなのだ。
ううっ・・・ああ、冷静になれない・・・
『北方水滸伝』を書こうと思ったのに、もうこんなに長い。(だからタイトルは「序章」)


ぜひ1960+世代には読んでほしい。
  (僕も2人くらいハメた人がいて、先にハマっていた1人と併せて3人。話すのが楽しくってしょうがない!)
馬鹿な男どもの馬鹿な戦いのドラマと言ってしまえばそれまでだが、
もう親子2代にまで連なる大絵巻。青年の気持ちで読んでいたのに、いまや親の目線で読んでいる。

北方ハードボイルド的男の生き様が焦点になるのだが、そんな馬鹿な男の「女性感」もまたいい。
失って初めてわかる大切さ・・・なんていう大馬鹿な男がいたりして、
愛おしいったらありゃしない。にくいねぇ、北方さん!


ああ、ほんとに序章だけになってしまった・・・
ではこの件はまた後日!


  wrote by 1961_TM
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Music Cruising 〈Play List for Disco〉の楽曲解説

Music Cruising 〈Play List for Disco〉 ←M-01~21を続けて再生できます。

M-01. My Girl / The Temptations
シンプルなギターのイントロから、“I've got sunshine on a cloudy day.”と始まる。
どんだけ恋人が好きなんだ!
とつっこみたくなるくらいシンプルなラブソング。
1964年にリリースされて、テンプス初の全米NO.1を獲得した曲です。
本来はDISCOでの真ん中でプレイされるチークタイムの定番ですが、
肩慣らし的にクラシックなこの曲から幕開けです。
一九六丸さんがアップしてくれた映像が嬉しいですね。

M-02. Think / Aretha Franklin
永遠のソウル・マザー“アレサ”が1968年にリリースした楽曲。
玉下はリアルタイムでは知りませんでしたが、
1980年に公開された映画「ブルース・ブラザーズ」でこの曲に出会い、一発でノックアウトされました。
ちなみに「ブルース・ブラザーズ」のサントラ・バージョンはこちらです。


M-03. Venus / Shocking Blue
ここからしばらくは鉄板のディスコ・チューンが続きます。
若い世代にはバナナラマのカバーがおなじみだと思いますが、オリジナルはこちら。
本国オランダで1969年に発売されたこの曲が、翌年に全米で1位を獲得。
典型的な一発屋さんですが、オランダでは1位になっていなかったそうです。
これまた一九六丸さんがアップしてくれた映像がグッド。

M-04. Kung Fu Fighting / Carl Douglas
オランダに続いて、今度はジャマイカ。
1974年に発売されたこの曲は、当時流行っていたカンフー・ブームに乗って、全米と全英で1位になりました。
ジャマイカ出身のアーティストとしては、ボブ・マーリーより先に世界で有名になったんですね。
YouTubeの映像、不思議なジャパニーズ・テイスト。
カンフーを勘違いしたのかなぁ...。粋な盆踊りみたいです。

M-05. Soul Power '74 / Maceo & The Macks
サックス・プレイヤーのメイシオ・パーカーの楽曲。
彼は元々ジェームズ・ブラウンのバンド“JB'S”で有名になったんですが、
この曲は余りにも数多くのサンプリング・ネタにされていて、
曲名は知らなくても聴いたことがある方が多いと思います。
ああ、JBは必ずVol.2で選曲をします。

M-06. That's The Way(I Like It) / K.C. & The Sunshine Band
ん~、鉄板中の鉄板。もうエコーの効いたイントロを聴いただけでワクワク!
あまり知られていないんですが、この“K.C.”というのはH.W. Caseyという白人なんです。
  (映像で出ている軟弱そうなお兄ちゃん)
1975年の発売されたこの曲は全米でNo.1になりました。
実は1975年から76年にかけての1年間でNo.1を3曲出したんですが、
これは1964年のBeatles以来の快挙だったんですね。(映像では「Shake, Shake, Shake」も聴けます)

M-07. Can't Give You Anything (But My Love) / The Stylistics
我々の“1960+”のブログで、一九六丸さんが記念すべき最初にこの曲を取り上げていました。
“リムジンは買えないけど、愛を上げるよ!”
余りにも美しいラブソング。
GATSBYのコマーシャルで替え歌が起用されたから、若い人にも聴き馴染みがあるかもしれませんね。
1975年にこの曲は大ヒットしたんですが、なんと彼らは今でも現役で活動をしています。

M-08. Don't Leave Me This Way / Thelma Houston
1977年にソウルとポップスの両部門で全米No.1を獲得した名曲。
典型的なゴスペル唱法で、最初は抑え目ながらも徐々に盛り上がって、
ピークになると稲妻のようにシャウトするスタイル。
M-07からM-08でフロアは一気にアゲアゲになってください!

M-09. The Hustle / Van McCoy & The Soul City Symphony
少しクールダウン...。でもまだ心拍数は下がりきりません。
これまた鉄板のディスコ・チューン。ああ、もう腰が勝手に動いちゃいますね。
バン・マッコイは元々プロデュースや作曲がメインなんですが、
1975年に発売したこの曲が全世界で1000万枚の大ヒットを記録。
世界中でディスコブームを巻き起こすきっかけになりました。
一方で吹奏楽をやっている人の間では、「アフリカン・シンフォニー」の作者としても有名です。

M-10. Get Up The Boogie (That's Right) / Silver Convention
さぁ、また少しずつBPMが上がってきます。
「フライ・ロビン・フライ」でヒットを飛ばしたセクシーな女性グループ。
この曲は1976年のヒットなんですが、彼女たちはドイツでスタジオミュージシャン達が作ったユニット。
M-03のショッキング・ブルー同様に、アメリカのチャートには世界中の楽曲が出ていて、
それが日本に輸入をされていたんですね。

M-11. Runaway feat. Loleatta Holloway / The Salsoul Orchestra
ウキウキするギターのカッティングから始まるこの曲。
聴いたことがあるけど曲名やアーティスト名は、それほどポピュラーではないかもしれません。
ゴスペル・シンガーとして活動を始めたロレッタ・ハロウェイは、
1970〜80年代を中心にソウル/ディスコ・シンガーとして活躍しました。
この楽曲は総勢50名にもなるサルソウル・オーケストラが、ロレッタをボーカルに迎えてヒットした1977年の作品です。

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mmm、レコードのフォーマットだとこの辺りでA面が終わります。
ブログもあまり長いと良くないので、
今回の楽曲解説はここまでで一旦休憩。

B面は次回...。


  wrote by 玉下奴郎 ブログランキング・にほんブログ村へ ブログランキング

1月7日

実はこのブログを書いている今は6日の日曜日です。
アップ上の物理的時間的なこともあり前日に書いております。
そう、明日から仕事始めなんですね。

そんな気分の中、ぼんやり考えていて、そもそも1月7日ってどんな日なんだろうと。
七草粥を食べる日くらいは知ってるぞと思いつつ・・・。
そしたら・・・・・思い出してきました。

1989年1月7日、いまから24年前のこの日は、「昭和天皇が崩御された日」。
この日は早朝TVがそのニュースを伝え民放もすべてニュース、追悼番組のみの特別放送体制でした。
僕はその日朝からTVにセットされたビデオデッキにかじりつき
10本ほどのVHSテープを準備しながら、、
「特別な一日」を記録(気持ち的には録画ではなく)しました。
午後には、当時の小渕官房長官から新年号が「平成」と発表されました。
この1989年1月7日が昭和最後の日で、翌8日が平成最初の日ということになりました。

この日を迎えるまで、僕は「Xデー」という言葉で
国全体が行事やイベントを自粛するといった空気を体験しました。

日産のセフィーロのCMで井上陽水の「お元気ですかぁ~」が口ぱくになったり、
星野中日ドラゴンズの優勝が、祝賀会ではなく慰労会になったり。
具体的なことはあまり覚えてないけど、
東京に住む僕にとって数ヶ月の「自粛ムード」は明らかに特異な空気感だったことは覚えています。

「崩御」「大喪の礼」という日ごろまったくなじみのない言葉に、
なんとなく新鮮さや不思議さを感じるとともに、日本国とか日本人とかいう
アイデンティティをあらためて考えさせられた記憶があります。


平成25年、あの日から25年目を迎える今年は平成も四半世紀ということですね。
考えてみれば、TVをはじめとするメディアで「懐かしの昭和」といったり、
そもそも我々も「昭和の製品」について思い出深く語ったりしてますが、
そりゃ30年も前のことなんだもんなあとあらためて思います。


あの日を記録したVHSの数本は確か実家の倉庫に眠っているはずですが、
今となっては再生できないと思われます。
  (あの日は自分の生きた証として記録し、年取ってから懐かしくみるつもりでした。
   だから録画でなく、記録だったのですが。)

一方、以下に添付しましたが、今は、あの日をユーチューブで簡単に一瞬で確認できるようになりました。
  (そのこと自体にとても驚きますし、あの日の僕の行動はなんだったんだろうと・・・・・)
ただ、あの空気の中にいた体験・実感は、さすがに映像では伝わりません。
このことが何より大事なことかもしれません。


平成25年はまたまた新たな政治のスタートですが、
そろそろぱっと明るい日本になることを期待しつつ7日を迎えたいですものです。

さいごに、「平成」とは国の内外に平和が達成されるとの意、ということで。




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明日は仕事始め

日曜日の夕方『サザエさん』を観た後、翌日から仕事だという現実に直面して憂鬱になり、
体調不良や倦怠感を覚えることを「サザエさん症候群」というらしい。

今日6日は日曜日であるうえに、明日7日から仕事始めという社会人は多いだろうから
さぞや「サザエさん症候群」は多発するに違いない。
正直、勝手に発症していろ、うひひ。なのだが、
想像するに、そういう人は休日を有意義に過ごせなかったのではなかろうか。
しかも仕事にも意義や面白み、やりがいなどを見出せていないのかもしれない。

1960+世代のみなさんは、この年末年始休暇はどのように過ごされましたか?

僕はいつもの週末と同様にダイニングテーブルにノートPCを広げて、
このブログの編集人としての作業をしたり、仕事をしたり。

違うのは期間が長いこともあるけど、最大の敵(?)はテレビだった。
実業団駅伝と箱根駅伝。
高校サッカーは、うちの子供たちの在籍している高校がベスト4を決めたこともあって、
その中継はもちろん、ニュースや関連番組も気になってしょうがない。

おまけに年末年始は、深夜に映画も多くて、僕はここぞとばかり録画する。
毎週の映画も録画していて観ていないのに、さらに増えてしまうのだ。
年末年始だからと自分に言い訳をして、0時前には仕事を終え(PCから離れ)、
焼酎のお湯割りなんぞをやりながら観ることにする。
  (例年のことなんだけど、あまり面白くない・・・酒量が増えるだけ・・・笑)
ああ、いつもの週末より仕事がはかどっていない!
やっぱり「サザエさん症候群」になろうかな・・・

では僕はお正月らしいことはしなかったのか?
喪中であるから派手なことはしていないが (喪中でなくても派手なことはしないけど)
いたって普通に例年通りにしようとはしていた。
  (きっとそのほうが父も喜ぶだろうと思った)
一説によれば行ってはいけないという初詣も行った。
破魔矢や会社用の熊手も買ったし、娘は合格祈願の絵馬も書いたし、おみくじもひいた。
先日書いた2日の初湯と二度風呂もそう。

そのなかでも僕が絶対に欠かさないようにしようと思ったのが、もうひとつの初詣。
近所の名も知らない小さな神社への初詣だった。
八幡神社_荏子田s (調べたら八幡神社だった)

賽銭箱ひとつで、あとは何もない、誰もいないこの神社に5円玉+αを投げ込んで
二礼二拍手一礼。
今年もよろしく、いい年でありますようにと願ってきた。

さて、明日から仕事始め。
どんな年になるのやら。


  wrote by 1961_TM ブログランキング・にほんブログ村へ ブログランキング

Music Cruising 〈Play List for Disco〉

以前から、玉下さんに1960+向けの選曲をお願いしていましたが、
第3弾ができあがったとのこと。YouTubeは、音質より映像優先で選びました。
みなさん、聴いてみてくださいね。
  (左のリンクからどうぞ)

----------------------------------------
懸案のPlay List for Disco...。

なんとかCDR1枚に収まる尺で選曲をしました。

最初はR&Bで考え始めたんだけど、まぁ当然の様にCD1枚の収録できるわけがなく、
GroovyなのやドSOULなのは外して、なんとなく懐かしく踊れるのから最近のDancableなのまで、
あまりマニアックではなく、それでいてEW&Fとかジャイケル・マクソンみたいなドMEJORも外して、
(懐かし系はど真ん中を入れたけど)
聴いたことがあるけど忘れていたっぽいのも混ぜて...。
まぁ、あくまでもVol. 1と捉えてもらえばと思います。

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M-01. My Girl / The Temptations
M-02. Think / Aretha Franklin
M-03. Venus / Shocking Blue
M-04. Kung Fu Fighting / Carl Douglas
M-05. Soul Power '74 / Maceo & The Macks
M-06. That's The Way(I Like It) / K.C. & The Sunshine Band
M-07. Can't Give You Anything (But My Love) / The Stylistics
M-08. Don't Leave Me This Way / Thelma Houston
M-09. The Hustle / Van McCoy & The Soul City Symphony
M-10. Get Up The Boogie (That's Right) / Silver Convention
M-11. Runaway feat. Loleatta Holloway / The Salsoul Orchestra
M-12. Spring Rain [Ups!! Re-mix] / Silvetti
M-13. Hello Mr. Monkey / Arabesque
M-14. Le Freak / Chic
M-15. Boogie Oogie Oogie / A TASTE OF HONEY
M-16. Hot Stuff / Donna Summer
M-17. You Are / Niteflyte
M-18. Celebration / Kool & The Gang
M-19. Can't Take My Eyes Off You / The Boys Town Gang
M-20. Flashdance... What A Feeling / Irene Cara
M-21. Everybody Dance Now / C+C Music Factory
**********************************************
ちなみに曲順は悩んだけど、年代順にしちゃいました。

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蛇に怖じず

昨日のランシンさんの“蛇”ネタを受けて、
今日のお題は「盲、蛇に怖じず」です。

元来の意味は
“無知な者は無知であるが故に、
 物おじせず無鉄砲な振る舞いをするという喩え”と辞書にある。

此処でのポイントは“無知であるが故...”かなぁ。

一般常識で考えれば、
無知である→無鉄砲な振る舞いをする...ということを戒めている。

此処で昨日のランシンさん同様に現代風に解釈をすると、
「常識的な行動や慎重な考えで大丈夫なの?
 ここは既成概念にとらわれずに“盲”になってもイイんじゃない?」
くらいに捉えたい。

多くの人は穏便に生活をして穏便な余生を過ごしたいと思う。
会社勤めをしていれば、定年を大過なく迎えて退職金を貰い年金を貰い、
家族がいようがいなかろうがノンビリと暮らしたいと思うだろう。

ところが今の世の中、大学を卒業したって就職先がなかったり、
見つかっても業務委託とか契約社員とかで終身雇用なんてまずない。
1960世代にしたって勤務先にアクシデントが起きる可能性が十分にある。

知り合いの息子さんは2010年に東京電力に内定が決まって喜んでいたが、
翌年入社する直前の3月11日には想定外の出来事が起きた。
まぁ、それでも今は無事に就職をしているが、世間の風当たりは2010年とは違う。

こんな現在。
なまじっか周囲を見渡して常識的な発想だけでは乗り切れない局面が、
仕事でも私生活でも色々と起きる。

家を買うか賃貸か?買うとしたら新築か中古か?
一戸建てかマンションか?
勤め先に近い場所が良いか郊外か?

子供が入れば教育問題。
大学を出れば良いのか?高卒でも手に職か?
公立か私立か?
塾は?家庭教師は?それとも自力?

判断基準は自分の経験でまかないきれない。
  (何しろ時代が違う...)

此処は思い切って盲になったほうが良いのでは?
  (あくまでも比喩としての盲ですが...)


ところでこれもランシンさんのブログに則って、スネークマンショー関連。

こんな映像もあります。


さらにこんなDVDもあります。


このDVDはラジオ盤の後、1984年に桑原茂一を監督に制作されたスネークマンショー唯一の映像作品。
小林さんは参加していないのですが、伊武雅刀をはじめ、竹中直人、いとうせいこう(まだ早稲田の学生!)、
シティボーイズ、中村ゆうじが出演しています!


じゃ(邪)!

いや、じゃ(蛇)!

   wrote by 玉下奴郎 ブログランキング・にほんブログ村へ ブログランキング

蛇の道は蛇

今年は巳年。へびのとし。
ということで、へびにまつわる諺から。

蛇の道は蛇(じゃのみちはへび)

同類のすることは、同類のものが一番よく知っているということ。
その道の専門家はその道に詳しいことのたとえ。

と説明があります。

もっぱら現代風(今風)に解釈すれば、
自分のすることなんぞ、もっともっとその道に詳しい先輩もいれば、到底敵わない才能あふれた
者、より専門性の高い者など数え切れないほどいる。所詮勝負にならないんだよ。
それが判ったなら、とっととその道を変えて、誰もいないところに新しい道をつくることだ。
ってことなんでしょうか。
新しい道をつくることは、そんな容易いことでないことは十分分かっているつもりですが、
とはいえ今のままでもどうしようもないですね。オンリーワンな道を探り当て進んでみたいです。


蛇といえば、1960+世代にとって思い出深いのが「スネークマンショー」。
今思えば僕にとって、蛇の道はホビーでした。





じゃ(蛇)!


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三が日...。

年末に“門松”の関して書いて以来、なんだか色々な事が気になってきた。
あちこちの忘年会に顔を出していて、何度か参加をしたBINGO。
この起源はなんだろうと調べたりもした。
  (諸説があるようなのですが、ここでは割愛...)

で、大晦日から正月にかけても自宅にいながら、ついWikiとかで気になることを調べる。
例えば年賀状の起源。
どうやら公家の習慣として奈良時代まで遡るらしいけど、
今のスタイルになったのは明治時代。

親戚の甥っ子や姪っ子にあげるお年玉の起源や、
書き初めやお屠蘇やおせち料理屋や...。

様々なお正月の風習が気になると、
考えてみたら21世紀になってこれだけ世の中がデジタルになっても、
こういうアナログな習慣はちゃんと残っているのが不思議に思います。

要は毎年同じように過ごしているから、
ある年になってやめてしまうとなんだか落ち着かないのか...。

それこそ“朝風呂”もそうだし、初詣もそう。

我が家は関東三大不動のひとつである高幡山金剛寺が近くにあるんですが
  (ちなみの後のふたつは成田山新勝寺と玉嶹山總願寺)、
年々毎年初詣のお客が増えている気がする。
  (これが高幡不動です)


これは世の中の不景気が影響しているのかもしれない。

あっ、でも考えたら羽根つきや凧揚げをしている子供は見かけないなぁ。
コマ回しもめっきり見ない。
恐らく外で遊ばないで、暖かい部屋でゲームを楽しんでいるのか?

1960+世代が小学生の頃は、貰ったお年玉を握りしめておもちゃ屋へ走って凧を買った。
もちろん、ゲイラカイトなんかではなく奴凧か四角い絵凧。
これに新聞紙で長いしっぽをつけて、買い足したタコ糸を2~3個ポケットに入れて、
近所のグラウンドや河原に向かう。

そうするとそこで同級生と一緒に会って、新年の挨拶もそこそこに凧揚げ合戦に突入。

うぅ~ん。
今の小学生はそういう体験をしているのかなぁ。

あれ、今日のブログは“三が日”は元旦以外は休日じゃないのに、
どうして休みなんだろう...について書き始めた筈なのに、
つい話が子供時代の思い出になっている。

どうやら今日も少々飲みすぎているかもしれない。

とりとめがないにも程がある文章になっているけど、ご容赦願います。


  wrote by 玉下奴郎 ブログランキング・にほんブログ村へ ブログランキング
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一九六丸

Author:一九六丸
書き手 1.玉下奴郎 2.ランシン
3.小李富(編集担当 旧名1961_TM)
3人合わせて一九六丸。
1960+世代の「暇つぶしのお供」が大好物。ゲスト寄稿も募集中!

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